頤和園(いわえん、世界文化遺産)

頤和園は北京市の北西約15kmにあり、中国に現存している最大規模で完ぺきな形の皇室庭園として、国内外によく知られています。ユネスコの「世界の文化遺産」にも登録されています。

読売旅行が募集した4日間の格安の北京旅行に行ってきました。「明の十三陵」と「万里の長城」と「頤和園」と「故宮博物院」と「天壇公園」の5つの 世界遺産楽天 を巡りました。(2010年6月)

頤和園(いわえん、旧名・清蔬園)へのご案内

所在地

北京市の北西約15km

交通

北京駅から車で約30分

歴史と
特徴

清の乾隆帝によって「皇帝権力至上の思想」「長寿不老の神仙思想」「享楽の思想」や趣向で1570年に母の還暦を祝って清蔬園が造られました。

頤和園の面積は290万平方メートルもあり、北京最大の庭園となっています。1860年に英仏連合軍によってほとんどの施設が破壊されてしまいました。その後1888年に、西太后によって修復されました。その時、名前を頤和園と改名しました。

昆明湖(こんめいこ)

昆明湖

上海の近くの浙江省杭州市の西湖(せいこ)を模して作った昆明湖と盛り土で造った万寿山を中心にし、3000の楼閣宮殿を配し、3000m2の壮麗な庭園となっています。昆明湖には、3つの島があり、6つの橋で繋がる西堤や17孔橋(廬溝橋を模して造った)が有名です。

昆明湖は、頤和園の約3/4の面積を占めていてとても広大なものです。平均水深は約1.5mで最深部で約3mです。

昆明湖と排雲殿、仏香閣と長廊

昆明湖と排雲殿、仏香閣と長廊

昆明湖の向こうに高さ約60mの万寿山と排雲殿と仏香閣が見えます。仏香閣は高さ20メートルの石製台座の上に建っていて高さ41mで八角形三階建で、四重の庇をもつ塔です。頤和園の代表建築となっていて見晴らしは抜群です。

この万寿山は人工湖の昆明湖を作るときに掘り出した土を盛り上げて築山したものです。これには莫大な費用と労力が必要です。中国はやることが大き過ぎます。

長廊は画面右手に見えています。湖の畔に巡らされた全長約730mの回廊で、約8,000点以上の花鳥画、風景画、歴史画が描かれています。1860年に焼失し、19世紀末に再建されました。

白壁に穴が開けてありますが、形がそれぞれ異なっていて、廊下から湖を見た時の借景にもなっています。

楽寿堂(らくじゅどう)

楽寿堂(らくじゅどう)

楽寿堂は、昆明湖北東側の湖畔に位置しています。楽寿堂は慈禧太后が頤和園を訪れたときに居住した場所となっています。

軒下の黒地で金字の「楽寿堂」の3文字は、光緒帝がしたためたものです。楽寿堂の前には、西太后が乗船した埠頭があります。

西側の奥の間は西太后の寝室です。東側の奥の間はリビングルームで、真ん中には宝座、御案、掌扇,屏風などがあります。

仁寿殿(にんじゅでん)

仁寿殿(にんじゅでん)

正面の東宮門を入ると仁寿門、仁寿殿と一直線に並ぶ美しい皇室建築となっています。

仁寿殿は西太后や光緒帝が政務を執ったり外国使節と謁見した所です。

仁寿殿の名前は論語に由来していて「仁者寿」、仁の政治で長寿を全うすることができるという意味です。

仁寿殿前の龍(竜)と鳳凰

仁寿殿前の竜と鳳凰

仁寿殿前の両側に青銅製の龍(竜)と鳳凰が一対ずつありました。龍(竜)は皇帝、鳳凰は皇后の象徴となっています。

本来は、龍(竜)を中心に配置すべきですが、西太后が実権を握ってからは、その伝統は破られて、皇后の象徵の鳳凰が龍と同じように配置されるようになりました。

龍(竜)と鳳凰は香炉となっていて、中で線香を焚くと、口から煙が出てきます。