高電圧3万Vに感電体験記

私は会社でカラーテレビ設計での実験中に3万Vの高圧に感電したことがあります。弱電なので特別危険ということはなかったのですが、これがもし、強電だったらどうなっていたかわかりません。高電圧の取り扱いには細心の注意を払って感電しないようにしましょう。

高圧3万ボルトとは

高圧3万ボルトは普通には存在しません。街中にある電柱の高電圧電線でも交流の6,600Vです。昔のブラウン管式カラーテレビの高圧では直流の25,000Vまでです。

会社での仕事と感電した背景

テレビ

私は、1973年頃、仕事でカラーテレビの設計中(測定と実験中)に高圧3万Vに感電しました。もう40年以上前の話なので、守秘義務は時効になっていて無いと思いますので、詳しく書いてみます。

私は、1972年に大学卒業と同時に松下電器(現在のPanasonic)に就職しました。配属先は大阪府茨木市のカラーテレビ工場内のテレビ製品開発研究所(テレビ製開研)というところでした。

第二開発部の第六設計室に配属されましたが、すぐに組織変更があり、設計部、設計一課となりました。ここでは、北米向けのカラーテレビの設計をしていました。

私は電気回路(電子回路)の設計担当で、毎日朝早くから夜遅くまでテレビ回路の実験に明け暮れていました。そんな入社から約1年後に、ちょうど仕事にも慣れてきた頃、テレビのフライバックトランス周辺の回路の変更をしていました。

普通はカラーテレビの高圧は約25,000Vですが、フライバックトランスの共振コンデンサを変更して高圧を上げる実験をしていました。30,000V以上に高圧を上げていました。

むき出しの静電式高圧計で高圧とフォーカス電圧(約6,000V)を測定しながら実験を繰り返していました。何日も同じような実験をしていたので、高圧の取り扱いには慣れてしまって危険性をあまり認識していませんでした。

近くでは他の人が高圧を放電させて回路の信頼性をテストする、「パチ音テスト」というのを日常的に行なっていました。

直流高圧3万Vに感電体験

そんな 高電圧楽天 の実験中に、突然、バーンという大きな音と共に、右手、右肩から背中に掛けて野球のバットで殴られたような大きな衝撃が走りました。

その時、私の右手の甲が高圧計のむき出しの高圧部分に近寄っていたのでしょう。高圧計と私の右手の甲の間が放電したようでした。

大部屋の実験室では100人近くの技術者が設計の作業をしていましたので、みんな、何が起こったのだろうと私に注目しました。すぐに、同僚達が「大丈夫か?」と言いながら近寄って来ました。

症状としては、右肩の辺りの衝撃だけでしたが、その日は、一日中気分が優れませんでした。しかし、普通に仕事を終えました。

今回はカラーテレビという弱電回路での感電事故ですが、もし、強電回路なら場合によっては死亡事故になる事も考えられます。

教訓と注意事項

慣れた頃が危ない
今回は、連日の実験で、高電圧の取り扱いには慣れていました。高圧の怖さもあまり感じていなかったと思います。
危険な部分を分ける
特に危険な部分とそうでない部分を区分して、危険な部分には容易に近づかないようにします。
高電圧の危険性を常に再認識する
仕事を始める前に毎日高電圧の危険性を再認識するようにします。