リウマチ熱と心臓弁膜症

私は子供の頃リウマチ熱を発症してそれが原因で心臓病(心臓弁膜症)になりました。このページは私のようにリウマチ熱から心臓病に移行する人を少しでも減らしたいと思い、リウマチ熱の治癒の後に心臓弁膜症を発症するメカニズムを私の体験を通して記したものです。

リウマチ熱とは

一般によく知られた「リウマチ」は「 慢性関節リウマチ楽天 」のことで、ここで言う「リウマチ熱」とは別の病気です。慢性関節リウマチもリウマチ熱も発症した初期段階の症状はどちらも関節に炎症がおこります。しかし、その後の経過や治療方法は全く違ったものになります。

リウマチ熱はA群溶連菌(連鎖球菌)の感染で、喉が腫れて体に発熱がおこり風邪のような症状が現れます。また、手足の関節炎や心臓内膜炎をおこします。リウマチ熱の関節炎は普通は自然に治癒して慢性化することはありません。

発病の年齢は5〜15歳頃が一番多いようです。3歳以下では溶連菌の感染があってもリウマチ熱になることは少なく、成人の発症も少ないようです。

リウマチ熱回復後の心臓弁膜症の発症

心臓のイラスト

溶連菌(連鎖球菌)の感染でリウマチ熱や急性糸球体腎炎を起こすことがあります。この後、溶連菌に対する抗体が体の中で作られるようになると、溶連菌感染(リウマチ熱や急性糸球体腎炎)は自然と治癒します。

しかし、この抗体が溶連菌に似た組織の心臓の弁や関節、腎臓に特異に反応(抗原抗体反応)することがあります。

ここで特に問題となるのはリウマチ熱の後の心臓内膜炎です。普通は関節や心臓内膜の炎症自体は自然治癒するのが普通です。

その後、心臓内膜の特に僧帽弁に変形を起こすことが多く、心臓弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症、僧帽弁狭窄症)と呼ばれるリウマチ性心疾患になることがあります。私はこの病気に掛かったのです。

リウマチ反応検査の見方

病院でのリウマチ反応検査で慢性関節リウマチや溶連菌感染症や炎症の度合いがわかります。その検査結果の見方は次のようなものです。

項目 正常値 数値の増加
RF(リウマチ因子) 〜16[IU/ml] 関節リウマチや膠原病
CRP(C反応性蛋白) 〜0.3[mg/dl] 関節リウマチや感染症、炎症があると数値が上ります
ASLO(ASO)
(抗ストレプトリジン O)
〜160[単位] 溶連菌感染症、溶連菌が出す溶血毒素に対する抗体ができた場合

リウマチ熱の治療と予防(とても重要です)

リウマチ熱の治療には、発病がわかったらできるだけ早く、抗生物質(ペニシリンなど)の投与を行なって溶連菌を死滅させて、体に抗体を作らせないことが最も重要なことです。リウマチ熱かどうかをできるだけ早く判定するようにします。

体の中に溶連菌に対する抗体ができると、抗体が自分の心臓の弁を溶連菌と勘違いして攻撃して破壊する危険性があります。

過去にリウマチ熱を経験している子供の場合は、再度溶連菌感染症にかかるのを防止するために、抗生物質のペニシリンなどを毎日服用するか、毎月筋肉注射します。

このような予防的治療は成人するまで、またはそれ以後も継続する必要があるようです。私はこのような治療を受けたことはありませんでした。

私のリウマチ熱と心臓弁膜症の発症と経過

私は小さいころに溶連菌に感染してリウマチ熱にかかり、それが元で、心臓弁膜症になりました。今、思えば、早期の治療があれば、もっと早く良くなっていたのではないかと悔やまれます。

私のリウマチ熱の発症

私は5才の頃、風邪のような発熱と、両膝が痛くなるリウマチ熱にかかりました。まだ小学校にも行っていない頃でした。両足が痛くて動かせず寝たきりになったのを覚えています。

昭和30年頃の田舎のことで車も無く病院に行くこともできず、町医者の往診を受けました。何の注射かわかりませんが、注射をされたのを覚えています。治療はこの日の一回か二回だけでした。

今思えばこの注射が抗生物質だったとは思えません。リウマチ熱だったという話は聞いたことがありません。この時にかかったのがリウマチ熱だったのを知ったのは中学生になって読んだ本から得た知識からです。もちろん両親に聞いてもリウマチ熱については何も知りませんでした。

もしこの時、抗生物質で徹底的に溶連菌を叩いていたら、その後心臓弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症)になることはなかったと思われます。とても悔やまれます。医者もその頃はリウマチ熱と心臓病のことがよくわかっていなかったのかも知れません。

私の心臓弁膜症の発症と経過

小学校一年生の時、学校での校医の診察で、心臓弁膜症と診断されました。もう80才にもなろうかという田舎の校医でも心臓弁膜症とわかったのですから、相当容態は悪かったのでしょう。でも運動制限以外の治療は指示されませんでした。

中学生の頃、風邪をひいて扁桃腺が腫れて腎臓が悪くなり、全身のむくみと心臓肥大も見られました。治療として化膿した扁桃腺を取り除くことになりました。約2週間の入院で扁桃腺を取りました。扁桃腺を取り除くと腎臓と心臓の容態は徐々に改善しました。

その時以来、岡山市内の心臓の専門医(榊原十全病院)に掛かって毎年一回心臓の経過を観察してきました。それから後は特に心臓の治療はしていません。しかし、マラソンや水泳のような激しい運動は制限されていました。私は適度な運動が良いと思い、長年ウォーキングやサイクリングを積極的に行なってきました。

32才で大阪から岡山に引っ越して来ました。この頃心臓の専門医は「この心臓弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症)は一生治ることはない。もう治療の必要は無いし、通院の必要も無い」と宣言しました。とても嬉しかったのを覚えています。

小学校に通っていた頃は、私は大変体が弱く風邪ばっかりひいていました。治りも悪かったと思います。私はこれをなんとかしたいと思い、本を読んだ知識から冷水摩擦を始めました。母はそんなことはするなと言っていました。小学校5〜6年生頃のことです。

たぶんこの時の決断と実行が私の体を健康に導いた源になっていると思います。今でも毎日冷水摩擦(冷水シャワー)を実行しています。